古い包装紙が包み込む、人生の記憶
包み紙に宿る、過ぎし日の温もり
壁一面に設えられた棚には、色とりどりの紙が丁寧に収められています。手にとってみると、少し色褪せ、折り目がついたもの、かすかに香りが残っているものもあります。これらは、すべて古い包装紙です。今回お話を伺った収集家の方は、これらの紙に魅せられ、一枚一枚を大切に集めてこられました。なぜ、使い終われば捨てられてしまうはずの包装紙が、これほどまでに心を捉えるのでしょうか。その紙片に包まれた、人生の物語を紐解いていきます。
始まりは、母の手元から
収集を始めたきっかけは、特別なものではありませんでした。子供の頃、自宅の引き出しの中に、母が綺麗に畳んで保管していた包装紙を見つけたのが最初だと言います。頂き物の包装紙や、デパートで購入した品物の包み紙など、様々な柄がありました。子供心に、その柄の美しさや、何かの大切なものを包んでいたという事実に興味を持ったそうです。そして、自然と自分も、気に入った包装紙を捨てることなく、取っておくようになりました。
大人になってからもその習慣は続き、いつしかそれは「収集」という形に変わっていきました。特に惹かれるのは、自分が子供だった頃や青春時代を過ごした時代の包装紙です。デパートのロゴ、流行の色使い、描かれているイラストレーション。それらは単なるデザインではなく、その時代を生きた人々の暮らしや、漂っていた空気感を雄弁に物語っているように感じられると言います。
一枚の紙が呼び覚ます、忘れていた記憶
収集活動の中で、最も心揺さぶられるのは、一枚の包装紙と再会した時、そこに包まれていたはずの記憶が鮮やかに蘇る瞬間だそうです。
例えば、ある百貨店の古い包装紙を見つけた時のこと。かすれたインクの匂いをかいだ瞬間、幼い頃のクリスマスプレゼントの思い出がフラッシュバックしたと言います。大きな箱に、その包装紙で丁寧に包まれていたプレゼント。その箱を抱きしめた時の胸の高鳴りや、隣にいた父と母の笑顔までが同時に蘇ったそうです。包装紙は、単なる物質ではなく、五感を刺激し、時間という壁を越えて過去と現在を結びつける鍵となることを知った、貴重な体験でした。
また、地方の古い商店の包装紙を集めている際には、思わぬ出会いがありました。インターネットのコミュニティで、同じようにその商店の包装紙を探しているという人から連絡があったのです。その方は、かつてその商店の近所に住んでおり、子供の頃の思い出が詰まっていると話されました。包装紙を通じて、面識のなかった人との間に温かい交流が生まれたことは、収集活動がもたらした喜びの一つだと語ってくださいました。一枚の紙が、見知らぬ人同士の心を繋ぐ架け橋となることに、深い感動を覚えたそうです。
紙に宿る、時間の重みと人生の軌跡
収集してきた包装紙は、どれも新品ではありません。折り目があり、時には破れていたり、セロハンテープの跡が残っていたりします。しかし、その「使用された痕跡」こそが、その包装紙が辿ってきた物語を物語っているのだと言います。誰かの手に取られ、何か大切なものを包み、誰かに贈られ、そして役目を終えた後も大切に保管されていたという、時間の重みがそこには宿っています。
様々な時代の包装紙を見比べることで、デザインの流行だけでなく、社会の変化や人々の価値観の移り変わりを感じ取ることもあります。簡素なデザインから華やかなものへ、そして環境に配慮した素材へと変わっていく様は、この国の歴史を静かに見守ってきた証のようにも見えます。
この収集は、単に物を集めるという行為を超え、自身の人生を振り返り、失われつつある過去の記憶や温もりを拾い集める作業なのだと収集家の方は話してくださいました。一枚一枚の包装紙と向き合う時間は、自分自身の歩んできた道を見つめ直し、今ここにいることの尊さを感じさせてくれる大切なひとときだと言います。
これからも、古い包装紙が包み込んだ、様々な人生の断片や、時代が刻んだ物語を大切に集めていきたい。そして、その紙片に触れるたびに蘇る、温かい記憶を心の宝物としていきたいと、穏やかな笑顔で語ってくださいました。包装紙の山は、これからもその人生と共に、静かに積み重ねられていくことでしょう。