私と推しグッズ物語

昔の旅のしおりに綴られた、忘れられない日々の物語

Tags: 旅, しおり, 収集家の物語, 思い出, 人生のエピソード

旅の記憶を綴る紙片たち

私たちは皆、それぞれの人生という名の旅を続けています。そして、その旅の途中で手にする一枚の紙片に、特別な思いを込める人がいらっしゃいます。今回お話を伺った佐藤健一さん(仮名、70代)は、半世紀以上にわたり、様々な時代の、様々な見知らぬ誰かの「旅のしおり」を集めてこられました。

佐藤さんが収集を始められたのは、今からおよそ20年前のことだと言います。きっかけは、実家の整理中に偶然見つけた、ご自身が小学生の頃に家族旅行で使った古いしおりでした。色褪せた紙には、旅館の名前、観光地の予定、持ち物リストなどが子供らしい文字で記されており、開いた瞬間に、当時の楽しかった記憶や、今は亡き両親、兄弟と賑やかに過ごした情景が鮮やかに蘇ったそうです。その時、佐藤さんは単なる旅行の予定表ではない、持ち主の感情や時間、そして人生の一部がこの薄い紙に凝縮されているのだと感じたと言います。

「一枚のしおりを手にすると、そこに書かれた文字や、挟まれた電車の切符の切れ端、かすかなインクの匂いから、持ち主の方がどんな気持ちでこの旅を計画し、どんな景色を見て、誰と旅をしたのか、想像が膨らむのです。まるで、その方の人生の一場面を追体験しているような感覚ですね」と、佐藤さんは穏やかな口調で語られました。

しおりが語りかける人生のエピソード

佐藤さんの収集棚には、戦前から現代までの様々な旅のしおりが大切に保管されています。旅行会社が作成したもの、学校の修学旅行のもの、そして個人が手作りしたものなど、形も内容も多岐にわたります。それぞれのしおりが、持ち主の忘れられない日々の物語を静かに語りかけてくると、佐藤さんは言います。

印象深い一枚として見せてくださったのは、昭和初期のものと思われる、個人が丁寧に手書きで作成したしおりでした。達筆な文字で書かれた行程表には、当時の交通手段や宿泊施設の名前が記されており、今とは全く異なる旅の様子が伺えます。さらに、そのしおりの余白には、旅の途中で気づいたことや感じたことが、小さな文字で書き込まれていました。「〇月〇日、天気晴れ、富士山が美しかった」「宿のご飯がとても美味しかった」「思わぬ出会いがあり、楽しい会話ができた」といった素朴な言葉から、旅の喜びや感動がひしひしと伝わってくるのです。

「この方はどんな方だったのだろう、どんな目的で旅をされたのだろうと、想像を巡らせるのが楽しいのです。しおりは単なる情報ではなく、その方の『生きた証』のような気がします」

また、時には苦労もあったそうです。古いしおりは紙質が脆くなっていることも多く、取り扱いには細心の注意が必要だと言います。湿気や虫食いから守るための保管方法を研究したり、状態の悪いものは専門家のアドバイスを受けて修復したりと、並々ならぬ努力をされてきました。インターネットオークションなどで高額な偽物をつかまされそうになった経験もあるそうですが、それもまた収集の奥深さの一部だと笑って話されました。

紙片に宿る夢と、人生の旅路

佐藤さんにとって、旅のしおりの収集は単なる趣味の範疇を超えているように感じられます。それは、様々な時代の、様々な人々の人生の旅路を垣間見ることのできる、貴重な時間旅行のようなものだと言います。しおりから見えてくる、旅への憧れ、計画を立てる時のワクワク感、そして実際に旅をした時の喜びや発見、時には予期せぬ出来事。そういった人々の感情や体験が、時代を超えて伝わってくることに大きな魅力を感じていらっしゃるようです。

「一枚のしおりには、持ち主の夢や希望、そして歩んできた人生の足跡が詰まっているのだと思っています。私が集めているのは、単なる古い紙ではなく、多くの人の『忘れられない日々』が凝縮された宝物なのです。これからも、一枚一枚のしおりに込められた物語に耳を傾け、大切に守っていきたいと考えています」

佐藤さんの穏やかな笑顔と、紙片を見つめる温かい眼差しからは、旅のしおりという収集対象を通して、人々の人生そのものへの深い愛情と敬意が感じられました。それは、私たち自身の人生という旅についても、立ち止まって振り返り、その歩みを愛おしく見つめ直す機会を与えてくれる物語でした。