私と推しグッズ物語

古い観光地のペナントが映し出す、人生の旅の記憶

Tags: 収集家の物語, ペナント, 旅の思い出, 人生のエピソード, ノスタルジー, 昭和レトロ

壁一面に広がる、旅の風景

壁一面に飾られた色褪せた布の飾り。それは、かつて日本の様々な観光地で売られていたペナントです。富士山、温泉地、古城、動物園…。一枚一枚が、訪れた場所の記憶を鮮やかに蘇らせます。今回お話を伺ったのは、70代になる鈴木さん。長年、この古い観光地ペナントを収集されています。

「若い頃は、旅先で必ずと言っていいほど目にしたものです」と、鈴木さんは穏やかな笑顔で語ります。「お土産物屋さんの店先で、風に揺れているのを見ると、ああ、旅に来たな、という気持ちになったものです」。

旅の始まりとペナントとの出会い

鈴木さんがペナントを集め始めたのは、学生時代に友人たちと初めて列車で旅をしたことがきっかけでした。

「行先は、関西方面でした。当時の学生にとって、それは一大イベントでしてね。初めて目にする風景、初めて食べるもの、その全てが新鮮でした」

その旅の記念に、友人たちとそれぞれ別の観光地のペナントを購入したそうです。鈴木さんは、当時訪れた名所が描かれたペナントを選びました。

「家に帰って、自分の部屋に飾ったんです。見るたびに、あの旅の楽しかった記憶が蘇る。まるで、旅の一部を持ち帰ったような感覚でした」

それが、鈴木さんのペナント収集の始まりでした。その後も、旅行するたびにその土地のペナントを探すのが習慣になりました。出張先でも、少し時間を見つけては土産物屋を覗いたと言います。

「当時は今のようにインターネットで情報を得ることもできませんでしたから、地元の小さなお店にふと立ち寄って、思わぬ掘り出し物を見つけることもありました。廃業してしまったお土産物屋さんの倉庫に残っていたものを譲ってもらったこともあります。一枚一枚に、その時の旅の情景や、出会った人々の顔が焼き付いているように感じます」

ペナントが語る、人生の軌跡

収集されたペナントの中には、色褪せて文字が読み取りにくくなっているもの、端がほつれてしまっているものもあります。しかし、鈴木さんにとって、それらは決して傷んだ品ではありません。

「この色褪せも、このほつれも、全てがそのペナントと共に歩んだ時間の証です。例えば、この四国のペナントは、若い頃に妻と二人で初めて長期の旅行に行った時のものです。まだ子供が生まれる前で、これからどんな家族になっていくのだろうかと、漠然と未来に思いを馳せながら旅をした記憶が蘇ります」

ペナントを見ながら語る鈴木さんの目は、遠い過去を見つめているようです。

「この北国のペナントは、仕事で大きな失敗をして落ち込んでいた時に、自分を奮い立たせるために一人で旅をした時のものです。荒々しい自然の中に身を置いて、ペナントを眺めながら、もう一度頑張ろうと心に誓ったことを覚えています」

一枚のペナントが、その時の感情や決意を鮮やかに呼び起こす。それは、単なる収集品を超え、鈴木さんの人生の節目を物語る道標のような存在なのかもしれません。

「子供たちが小さかった頃は、家族旅行で訪れた場所のペナントを、子供たちと一緒に選ぶのも楽しみでした。この山のペナントは、当時小学校低学年だった息子が、どうしてもこれがいいと譲らなかったものです。今では立派な大人になりましたが、このペナントを見るたびに、あの頃の小さな息子の顔を思い出すんです」

ペナントは、家族との温かい思い出も映し出していました。

収集という名の時間旅行

鈴木さんにとって、ペナント収集は単に物を集める行為ではありません。それは、過去の自分と向き合い、人生の旅を追体験する時間旅行です。

「壁に飾られたペナントを眺めていると、様々な時代の自分がそこにいるように感じます。あの時、何を考えていたのか、どんなことに感動したのか。ペナントを通して、過去の自分と静かに会話しているような感覚です」

これから新しくペナントを収集する機会は減っていくかもしれませんが、鈴木さんの旅は終わりません。

「これからは、一枚一枚のペナントに宿る物語を、もっと深く感じながら過ごしていきたいと思っています。そして、もし縁があれば、同じように古いものを大切にされている方々と、ゆっくりお話しする機会があれば嬉しいですね」

壁一面に飾られたペナントは、それぞれの場所で過ごした時間、その時々の人々の営み、そして何よりも、鈴木さんという一人の人間の人生の軌跡を静かに物語っているようでした。

旅の記憶と共に

旅の記憶を閉じ込めたペナントたち。それらは、鈴木さんの人生という名の長い旅路を彩る、大切な宝物です。一枚の布に宿る物語は、これからも鈴木さんの心の中で生き続けていくことでしょう。