食卓を彩る古い食器が紡ぐ、人生の温かい記憶
私たちが日々囲む食卓には、それぞれの家庭の歴史が刻まれています。そこに使われる食器一つ一つにも、実は語り尽くせない物語が宿っているのかもしれません。今回は、古い時代の食器やグラスを収集されている田中さん(仮名、60代)にお話を伺いました。田中さんのコレクションは、高価なアンティーク品というよりは、かつて日本の一般家庭で広く使われていた、素朴で温かみのある品々が中心です。
記憶の欠片を拾い集めて
田中さんが古い食器に魅せられたのは、数年前に実家の片付けをしていた時でした。押し入れの奥から出てきた、子供の頃に祖母が使っていた小さな小鉢。他愛のない、ごく普通の陶器の小鉢でしたが、それを見た瞬間、食卓を囲んで家族みんなで笑い合った、遠い日の記憶が鮮やかに蘇ってきたといいます。
「割れてしまうのが惜しくて、丁寧に洗って棚に飾ったんです。そうしたら、なんだかその小鉢が話しかけてくるような気がして。私の知らない、祖母や母が若い頃に使っていた品々には、どんな物語があるんだろうって、興味が湧いたんです」
それが、田中さんの収集の始まりでした。最初は骨董市やリサイクルショップを巡ることから始めたそうです。手にする品一つ一つから、かつて誰かの食卓を彩り、家族の日常を見守ってきたであろう温もりを感じ取るのが好きだと、田中さんは静かに語ります。
一つ一つの出会いに込められた物語
収集を進める中で、田中さんには忘れられない出会いがいくつもあります。
ある時、地方の小さな骨董店で見つけた、戦後に作られたと思われるプリント柄のグラスセットがありました。そのデザインは、田中さんが幼い頃、近所の家に遊びに行った際に、おやつのジュースを入れてもらったグラスとそっくりだったそうです。店の主人に尋ねてみると、それはもう製造されていない、その地域で一時期流行したデザインの品だと教えてくれました。
「そのグラスを手に取った時、あの頃の夏の暑さとか、ジュースの甘い匂い、そして友達と無邪気に笑い合った声までが蘇ってきたんです。まるでタイムカプセルみたいでした。その場で、そのセット全てを譲っていただきました」
また、ある時は、ネットオークションで出品されていた、古い喫茶店で使われていたというソーサー付きのコーヒーカップに惹かれました。写真からは伝わらない、使い込まれた質感や、高台の小さな欠け。入札の末に手に入れた後、出品者に連絡を取ったところ、その喫茶店はもうずいぶん前に店を閉じたこと、そのカップはマスターが特に気に入っていたものだったことなどを教えてもらったそうです。
「そのカップでコーヒーを飲むたびに、知らない町の、知らない喫茶店のマスターが、どんな思いでこのカップを手にしていたのかな、どんなお客さんがこのカップでお茶を飲んだのかなって、想像するんです。一つ一つの品物に、必ず誰かの営みや感情が宿っている。それが古いものを集める一番の喜びかもしれません」
もちろん、苦労や失敗もありました。期待していたほど状態が良くなかったこと、運搬中にうっかり割ってしまったこと、あるいは手に入れたものの、想像していたものと違ったと感じたこともあったといいます。しかし、そうした経験も含めて、それぞれの品物との「縁」なのだと、田中さんは受け止めています。
収集が広げた世界
古い食器やグラスの収集は、田中さんの日常に彩りだけでなく、新たな繋がりももたらしました。SNSを通じて同じような趣味を持つ人々との交流が生まれたり、古いものを大切にするという価値観を共有できる友人に出会えたりしたそうです。また、品物の背景にある歴史や文化を調べるうちに、当時の人々の暮らしぶりや、デザインが生まれた時代の空気といったものへの理解が深まったといいます。
「昔の人は、限られたものでも、丁寧に暮らしを彩ろうとしていたんだなと感じます。今の便利な時代にはない、物の持つ温もりや、人々の工夫といったものを、古い食器から学ぶことが多いです」
暮らしに寄り添う宝物
田中さんのリビングの棚には、様々な時代の、形も色も様々な食器やグラスが並べられています。それらはただ飾られているだけでなく、実際に日常の中で大切に使われているそうです。古いコーヒーカップで朝のコーヒーを飲んだり、思い出の小鉢にお惣菜を盛ったり。そうすることで、食器たちが再び息を吹き返し、田中さんの今の暮らしに寄り添ってくれるように感じるのだといいます。
田中さんにとって、古い食器やグラスの収集は、単に物を集める行為ではありません。それは、過ぎ去った時間への敬意であり、見知らぬ誰かの人生との静かな対話であり、そして自身の人生に温かい記憶を呼び覚ます、かけがえのない営みなのでしょう。
これからも、田中さんの食卓には、たくさんの物語を宿した品々が並び続けることでしょう。それぞれの品が持つ温もりと、それが紡ぎ出す人生物語に、私たちは静かに耳を傾けたいと思います。