私と推しグッズ物語

古い絵葉書に綴られた、見知らぬ誰かの物語

Tags: 古い絵葉書, 収集家, エピソード, 人生, 物語, 思い出

紙片に宿る、遠い時代の息吹

様々な品を収集される方々がいらっしゃいますが、中には、単なる物の価値や希少性とは異なる基準で、心を惹かれる対象を見つけ出す方もおられます。今回お話を伺った佐藤さんも、そうしたお一人です。佐藤さんが長年にわたり収集されているのは、古い絵葉書です。

色とりどりの風景や建物が印刷された絵葉書は、今では手紙やはがきを送る機会が減ったこともあり、特別なもののように感じられます。しかし、かつては気軽に旅の思い出を伝えたり、日々の連絡をしたりする身近な通信手段でした。佐藤さんを魅了してやまないのは、その絵柄だけではありません。絵葉書の裏面に、見知らぬ誰かが誰かに向けて綴った、短いけれど確かにそこにあった日々の記録なのです。

一枚の絵葉書が拓いた世界

佐藤さんが絵葉書収集を始めたのは、今から二十年ほど前のことでした。旅行で訪れた地方の古い小さな骨董店で、たまたま手にした一枚の絵葉書に心を奪われたといいます。それは、昭和初期に発行されたらしい、今はもうない駅舎の絵が描かれたものでした。そして裏には、崩れた文字で短い安否を気遣うメッセージが書かれていたそうです。

「その時、ふと思ったんです。この絵葉書は、どんな人が、どんな気持ちで書いたのだろう。そして、それを受け取った人は、このメッセージを読んで何を思ったのだろうかと」

一枚の紙片に、遠い昔の旅情や人々の繋がり、そして何気ない日常の一コマが凝縮されているように感じられた、と佐藤さんは振り返ります。それ以来、骨董市や古書店、時にはインターネットオークションなどで、古い絵葉書を探すことが佐藤さんの趣味となりました。

紙に残された、ささやかな人生模様

収集を続けるうちに、佐藤さんの手元には様々な時代の、様々な場所の絵葉書が集まっていきました。海外の珍しい風景を描いたもの、日本の名所の今とは違う姿、あるいは名もない街角のスナップのようなものまであります。

しかし、佐藤さんが特に心を惹かれるのは、やはりその裏面に書かれたメッセージだといいます。そこには、旅先での興奮や、家族への愛情、友人との約束、あるいは日々の愚痴や悩みなど、見知らぬ誰かのささやかな感情や生活が垣間見えます。

「『暑い日が続きますが、皆さまお変わりありませんか。こちらは元気に過ごしております。』といった決まり文句から、『宿のご飯がとても美味しかった』とか、『途中で雨に降られて大変だった』とか、本当に色々なことが書いてあるんですよ。中には、差出人の名前しか書いていなくて、誰に宛てたのか分からないものや、逆にメッセージもなく、ただ絵柄を楽しむためだけに送られたらしいものもあります」

絵葉書から伝わるのは、ドラマチックな出来事ばかりではありません。むしろ、ほとんどが平凡で穏やかな、しかし確かにその人にとっては大切な日々の断片です。佐藤さんは、一枚一枚の絵葉書を丁寧に読み解きながら、そこに描かれた風景やメッセージから、当時の人々の暮らしや心情に静かに思いを馳せる時間を大切にしています。

時折、差出人の住所や宛先の住所が具体的に書かれている絵葉書を見つけると、現在の地図でその場所を探してみることもあるそうです。当時そこに住んでいた人や、描かれた風景が今どうなっているのかを想像するだけでも、心が満たされるといいます。

時代を超えて届くメッセージ

古い絵葉書は、時に保管状態が悪く、シミや折れがあったり、文字が薄れてしまっていたりすることもあります。しかし、佐藤さんはそうした状態も含めて、絵葉書がたどってきた時間の一部だと考え、大切に扱っています。

「一枚の絵葉書は、作られた時、描かれた風景、書かれたメッセージ、送られた人の手、そして私の手へと、様々な時間と場所を旅してきたわけです。そこに触れることは、遠い過去に生きた誰かの人生の一部に、ほんの少しだけ触れさせてもらうような、不思議な感覚です」

佐藤さんにとって、古い絵葉書は単なる収集品ではありません。それは、時代を超えて届けられた、見知らぬ誰かの小さなメッセージであり、その人の生きた証なのです。絵葉書を通して、佐藤さんは自身の人生を振り返り、今ある日常の尊さを改めて感じることも少なくないといいます。

これからも続く、静かな旅路

これからも、佐藤さんはゆっくりとしたペースで絵葉書収集を続けていくことでしょう。一枚の絵葉書が語る、名もない誰かの物語に耳を傾けながら。それは、派手さはありませんが、過去と今、そして見知らぬ人々の心とを静かに繋ぐ、佐藤さんの人生という名の旅路でもあるようです。絵葉書が持つ時間の重みと、そこに宿る人間の温かさに触れるたび、佐藤さんの心は穏やかな感動に満たされるのです。