私と推しグッズ物語

古い絵本が語りかける、あの頃の私

Tags: 絵本, 収集, 記憶, 人生, 体験談, ノスタルジー

古い絵本が語りかける、あの頃の私

本というものは、読み終えれば物語は完結し、棚に収まるものかもしれません。しかし、中にはページを開くたび、あるいは背表紙を目にするたびに、遠い昔の記憶や、心の奥に仕舞い込んだ感情が静かに呼び覚まされる、特別な存在があります。絵本もまた、そうした特別な力を持つものの一つではないでしょうか。単に物語を伝えるだけでなく、その色彩、タッチ、そして紙の匂いまでもが、かつて読み聞かせてもらった温かい時間や、ページをめくるたびに感じた幼い胸の高鳴りを鮮やかに蘇らせます。

今回は、そんな古い絵本たちに魅せられ、一冊また一冊と時間をかけて集めていらっしゃる、都内在住の田中陽子さん(仮名)にお話を伺いました。田中さんが絵本収集を始められたのは、およそ十年ほど前のことだそうです。きっかけは、実家の片付けの際に偶然見つけた、一冊の古い絵本でした。それは、幼い頃に何度も読み聞かせてもらった、角が丸くなり、色褪せた絵本だったといいます。

一冊の絵本が繋いだ過去

「本当に、偶然の再会でした」と田中さんは当時を振り返ります。「その絵本を手にした時、ページの間に挟まっていた押し花が出てきたんです。それは、幼稚園の頃に私が作ったものでした。その瞬間に、絵本の物語だけでなく、読み聞かせをしてくれた母の声や、その時の部屋の光景、幼かった頃の自分の気持ちまでが、一気に蘇ってきたのです」。

その一冊の絵本が、田中さんの心に、長い間忘れかけていた何かを呼び覚ましました。それは、絵本を通して経験した喜びや感動、そして、それらが織りなす自身の幼少期の記憶でした。そこから、田中さんの絵本収集が始まりました。最初は大人の鑑賞に堪えうる美しい絵本や、有名な海外の作品から入られたそうですが、やがて、自身の幼い頃に読んだ日本の古い絵本へと関心が移っていったといいます。

探し求めた「あの頃」の断片

田中さんの収集は、単に絵本を集めるという行為を超え、自身の記憶の断片を探し求める旅のようだと感じられます。探すのは、商業的な価値が高いレアな絵本だけではありません。むしろ、かつて多くの家庭にあったであろう、しかし今はほとんど見かけなくなった、素朴で温かい雰囲気を持つ絵本たちです。

「インターネットオークションや古書店を巡る中で、ずっと探していた一冊にようやく巡り合えた時の喜びは、何物にも代えがたいものです」と田中さんは語ります。「それは、特定の作家の作品だったり、あるいは全く記憶にないけれど、ページをめくった瞬間に『あ、これはもしかしたら…』と、幼い頃に感じたことのある懐かしさが胸に広がるような本だったりします」。

特に印象に残っているのは、ある古書店で、探していた絵本が偶然にも棚の隅にひっそりと置かれているのを見つけた時のことだそうです。表紙は擦り切れ、中のページもシミがついていましたが、田中さんにとってはまさに探し求めていた一冊でした。手に取った瞬間の、紙の質感やインクの匂い、そして物語の冒頭部分を読んだ時の、心の震えを、田中さんは鮮明に覚えています。それは、失われた過去の一部を取り戻したような、あるいは、遠い昔の自分自身と再会したような感覚だったといいます。

収集の過程には、苦労もつきものです。求めている絵本が見つからない日々、手に入れた本を大切に保管するための工夫、そして、時には手に入れた本が、実は記憶の中のイメージと少し違っていた時の、ほんの少しの戸惑いなどもあります。しかし、そうした一つ一つの経験もまた、田中さんの絵本収集の物語を彩る大切な要素となっています。

絵本が教えてくれること

絵本収集を通して、田中さんは自身の内面とも向き合うようになったといいます。幼い頃に心惹かれた物語や絵には、当時の自分の興味や、感じていたこと、そして心の状態が色濃く反映されていると感じるからです。

「大人になって読み返すと、子どもの頃には気づかなかったテーマやメッセージが見えてくることがあります。そして、なぜあの時、この絵本に強く惹かれたのだろうかと考えるうちに、忘れていた自分自身の気持ちや、過去の経験が思い出されるのです」。

絵本は、単なる読み物としてだけでなく、田中さんにとっては、過去の自分と対話するための窓のような存在になっています。ページをめくるたびに、幼い自分と今の自分が繋がり、忘れていた感情や、成長の過程で培われた価値観が、より鮮明になっていくのを感じるそうです。

そして、物語は続く

現在、田中さんの自宅には、様々な年代の古い絵本たちが大切に収められています。一冊一冊に、田中さんの探し求めた時間や、手に入れた時の喜び、そして絵本が呼び覚ます過去の物語が宿っています。

「これからも、私の心に響く絵本たちとの出会いを大切にしていきたいと思っています」と田中さんは穏やかな表情で語ります。「そして、集めた絵本たちを通して、また新しい自分自身の発見があるのかもしれない。そう考えると、この収集の旅は、まだまだ続いていくのだと感じています」。

田中さんの絵本収集は、単に物を集める行為ではなく、自身の人生という物語を、絵本という存在を通して深く読み解いていく営みのように見えます。一枚一枚の絵や言葉に、幼い頃の自分を重ね合わせ、現在の自分へと繋げていくその姿は、私たち読者自身の内面にも、温かい光を投げかけてくれるような気がいたしました。古い絵本たちが語りかけるのは、確かに「あの頃の私」であり、そして、それを読み解くのは、今を生きる私たち自身なのです。