昔の雑誌の切り抜きが映し出す、あの頃の夢と憧れ
心ときめかせたページの断片
書棚の奥から、少し黄ばんだファイルを取り出す。ページを開くと、あの頃の空気がふわりと蘇るようです。そこに収められているのは、歌手や俳優、流行のファッションやカルチャーに関する、一枚一枚ていねいに切り抜かれた雑誌の記事や写真です。
今回お話を伺ったのは、50年以上にわたり、様々な雑誌から心惹かれる記事を切り抜き、大切に保管してきたという高橋佐知子さん(仮名、70代)。かつては多くの女性が夢中になったというこの「切り抜き収集」を通して、高橋さんが見つめてきたもの、そして切り抜きが教えてくれた人生について伺いました。
「推し」との出会いが始まり
高橋さんが切り抜きを始めたのは、中学一年生の時でした。テレビや雑誌で見たある男性アイドルグループに心を奪われたのがきっかけだったそうです。テレビにかじりつき、彼らが載っているという雑誌を片っ端から買い集めました。
しかし、お小遣いには限りがあります。全ての雑誌を買うことはできませんし、仮に買えたとしても、欲しいのは特定のタレントが写っているページだけでした。そこで始めたのが、そのページだけを切り抜いて保管することでした。
最初はただ好きなタレントの写真を眺めたい一心でした。しかし、徐々に記事の内容にも目を向けるようになります。インタビュー記事から彼らの考え方を知ったり、当時の流行に関する記事から世の中の動きを感じ取ったり。雑誌は、高橋さんにとって外の世界と繋がる大切な窓でした。
切り抜きの苦労と喜び
「当時は、雑誌を切り抜くこと自体が、少し後ろめたいような行為でしたね」と高橋さんは笑います。「だって、一冊の雑誌をバラバラにするわけですから。親に隠れて、テスト勉強そっちのけで没頭したこともあります」。
切り抜く作業にも工夫が必要でした。カッターを使うのが難しかったため、安全カミソリの刃を使い、定規を当てて慎重に切っていたそうです。失敗して記事の一部を破いてしまったり、インクが他のページに移ってしまったり、苦労も絶えませんでした。
また、特定のタレントや記事を探し求める「雑誌巡り」も、当時の楽しみであり、苦労でもありました。本屋はもちろん、友達と情報を交換したり、古本屋を覗いたり。そうしてようやく探し当てた雑誌から、お目当ての記事を切り抜けた時の喜びはひとしおだったと言います。
集めた切り抜きは、スクラップブックに貼るのではなく、テーマごとに大学ノートに挟んだり、封筒に入れたりして保管していました。「ファイルボックスなんて洒落たものはありませんでしたから。それでも、自分だけの『宝物』が増えていくのが嬉しかったんです」
切り抜きが映し出す「あの頃」
高橋さんの切り抜きファイルには、アイドル記事だけでなく、当時のファッション、コスメ、海外の文化紹介、映画評など、様々な記事が収められています。これらを改めて見返すと、当時の社会の雰囲気や、若者たちの間で何が流行していたのかが鮮やかに蘇るそうです。
「この口紅の色、流行りましたね」「この服、真似したいと思って自分で縫ってみたけど、上手くいかなかったわ」「海外の情報なんて、当時は雑誌が頼りでしたから」……。一つ一つの切り抜きには、記事の内容だけでなく、それを見ていた「あの頃の自分」の思いや、周囲の状況が重なって見えてきます。
友人と一緒に切り抜きを見せ合って盛り上がったり、載っていた情報をもとに新しいことに挑戦したり。切り抜きは、高橋さんの青春時代の思い出と深く結びついています。それは単なる紙の断片ではなく、当時の夢や憧れ、希望、そして少しの挫折といった、感情の詰まったタイムカプセルのようです。
人生の軌跡を辿る旅
長年集めてきた切り抜きは、高橋さんの人生の節目節目で、静かに寄り添ってきました。結婚、出産、子育て、そして子供たちの独立。生活は大きく変わりましたが、切り抜きファイルはいつも、高橋さんの手元にありました。
「たまに見返すと、当時の自分はこんなことに興味を持っていたんだ、こんなことに夢中だったんだって、色々な発見があるんです」と高橋さんは語ります。「若い頃の夢や憧れを思い出して、元気をもらうこともありますし、時には少し立ち止まって、これまでの人生を振り返るきっかけにもなります」。
切り抜きは、高橋さんにとって、過去の自分と対話し、現在の自分を確かめるための大切な存在です。それは、華やかな世界の断片を集めたものでありながら、高橋さん自身の内面的な成長や変化を映し出す、静かな鏡でもあります。
高橋さんの切り抜きファイルは、これからも大切に保管されていくことでしょう。そこに収められた無数の紙片は、色褪せることなく、持ち主の人生の物語を静かに語り続けていくのです。