私と推しグッズ物語

外れた宝くじが教えてくれた、人生の価値

Tags: 宝くじ, 収集家, 人生, エピソード, 夢

ただの紙切れに宿る、かけがえのない物語

収集と聞いて、多くの方が希少なコインや美しい切手、あるいは懐かしい玩具などを思い浮かべるかもしれません。しかし、このたびお話を伺った田中さん(仮名、70代後半)が長年集めているのは、少々意外なものです。それは、「外れた宝くじ」です。

一見すると、それはただの役目を終えた紙切れに過ぎません。しかし、田中さんの穏やかな表情からは、それらが彼にとって、決して単なる紙ではないことが伝わってきます。一体、外れた宝くじのどこに、人を惹きつける魅力があるのでしょうか。その答えは、収集品そのものよりも、それに向き合う田中さんの人生の中に深く根差していました。

夢の痕跡を集めるということ

田中さんが宝くじを買い始めたのは、およそ50年ほど前のことだといいます。若い頃、家族のために少しでも豊かな暮らしをと、一攫千金という大きな夢を託して、毎月のように購入していたそうです。初めて宝くじ売り場に並んだ時の高揚感、そして番号発表の日を迎えるまでの期待に胸を膨らませる日々は、今でも鮮明に覚えていると話されました。

もちろん、大きな当たりは一度もありませんでした。買った宝くじのほとんどは、夢を乗せたまま、ただの外れた紙切れとなってしまいます。それでも、田中さんはそれらを捨てることができませんでした。

「最初は、もしかしたら見間違いがあるかもしれない、なんて微かな期待があったからかもしれませんね」と、田中さんは少し照れたように笑います。「でも、それだけじゃないんです。その宝くじを買った時のことを考えると、当時の自分の姿が浮かんできます。家族の笑顔を願って、一生懸命働いて、ほんの少しの余裕を見つけて宝くじを買った。あの時の、夢を見ていた自分、希望に満ちていた自分を、その紙切れの中に残しておきたい、そう思うようになったんです」

一枚一枚が語る、人生という名のドキュメンタリー

田中さんの自宅で、大切に整理された宝くじのコレクションを見せていただきました。年代順にファイルに収められた宝くじは、一枚一枚が色褪せ、時代の流れを感じさせます。ジャンボ宝くじ、スクラッチ、地方くじ...形も大きさも様々です。

田中さんは、ファイルを開きながら、それぞれの宝くじにまつわるエピソードを静かに語ってくれました。これは子供の入学資金を貯めるために、必死になって働いていた時期のもの。これは夫婦で旅行に行った時に、旅先で記念に買ったもの。これは景気が良いと言われていた頃、街が活気に満ちていた時のもの...。

それは単なる思い出話ではありませんでした。その宝くじを買った時の自分の年齢、家族構成、仕事の状況、世の中の出来事、感じていた喜びや不安...。一枚の宝くじは、まるでその時の田中さんの人生を映し出す鏡のようでした。外れたという結果だけを見れば残念かもしれませんが、その宝くじを買うに至った過程や、そこに託した思い、その時の自分の感情こそが、かけがえのない「人生の記録」なのだと、田中さんは語ります。

「これを見返しているとね、ああ、あの頃の自分はこんなことを考えていたんだな、こんな風に生きていたんだなって、改めて感じることがあるんです」と、田中さんは遠い目をして話しました。「大きな夢は叶わなかったけれど、その夢に向かって生きた自分が確かにここにいる。この宝くじたちは、その確かな証なんです」

外れた夢が教えてくれた、真の価値

田中さんにとって、古い宝くじを集めることは、単に過去を懐かしむ行為ではありません。それは、人生における「価値」とは何かを静かに問い直す時間なのだといいます。一攫千金という大きな価値は得られなかった。しかし、宝くじを買うことで抱いた希望、未来を夢見る時間、家族への思い、そしてそのために日々努力した自分自身の存在。これらこそが、お金では買えない、人生の真の価値なのではないか、と田中さんは語られました。

「若い頃は、当たれば人生が変わると思っていました。でも、たくさんの外れた宝くじと一緒に年を重ねてきて、人生は宝くじの当たり外れなんかで決まるものじゃないんだ、と気づいたんです」と、田中さんは穏やかに締めくくりました。「大切なのは、どんな状況であれ、希望を持って生きること、そして自分自身が歩んできた道のりを、たとえそれが小さな一歩の積み重ねであっても、肯定的に受け止めることではないでしょうか。この宝くじたちは、そのことを私にいつも静かに語りかけてくれる、大切な人生の先生です」

これからも、田中さんは宝くじを買い続けるでしょう。それはもう、一攫千金を夢見てというよりも、その一枚が未来の自分にとって、今の自分が生きた証となることを知っているからかもしれません。外れた宝くじの束は、田中さんの人生の「夢のアルバム」であり、そこには数字の羅列だけでなく、希望と現実、そして真の豊かさの意味が静かに織り込まれているのです。