私と推しグッズ物語

一枚の栞が呼び覚ます、あの頃の読書時間

Tags: 収集家, 栞, 読書, 思い出, 人生のエピソード

静かに刻まれた、本と歩んだ軌跡

多くの人にとって、栞はただの「目印」かもしれません。読みかけのページに挟み、また開くその時まで、静かに役目を果たす存在です。しかし、中にはその小さな一枚に、深い愛着と人生の物語を見出す収集家がいらっしゃいます。今回は、古い栞を長年にわたり集めていらっしゃる、佐藤さん(仮名、60代)にお話を伺いました。

佐藤さんのご自宅には、様々な素材、デザインの栞が、整然と、しかし愛情深く保管されています。紙製のもの、布製のもの、革製、金属製、植物の葉を加工したものまで。それらは一つ一つが、佐藤さんの読書遍歴や人生の折々で出会った出来事、人々の記憶と結びついていました。

はじまりは、母の温もり

佐藤さんが栞を集めるようになったきっかけは、幼い頃に遡ります。読書好きだったお母様が、手作りの栞を本の間に挟んでくれたことでした。刺繍が施された布製のもの、押し花をラミネートしたもの。どれも世界に一つだけの、温かい贈り物でした。「本を読む時は、必ず母の栞を使ったんです。すると、物語の世界に入り込むだけでなく、母に見守られているような安心感がありました」と佐藤さんは語ります。

それが高じて、自分で本を買うようになった時も、書店で貰える栞や、旅先で見つけた記念の栞などが自然と増えていったそうです。しかし、ただ集めるだけでなく、実際にその栞を使って本を読むということを大切にされてきました。「栞は、使われてこそ価値があると思うんです。ページを挟むたびに、前にその栞を使った時のこと、その本を読んだ時の自分の気持ちや状況を思い出す。それは、私にとって静かで大切な時間です」

一枚一枚に宿る、忘れられないエピソード

佐藤さんが見せてくださった栞の中には、特に思い出深いものがいくつかありました。一つは、若い頃に憧れていた作家のサイン会で、偶然もらったという特製の栞です。それは簡素な紙製でしたが、佐藤さんにとっては宝物でした。「あの時は、緊張して何を話したかほとんど覚えていないのですが、この栞を見ると、その時の熱い気持ちや、本から受けた感動が鮮やかに蘇るんです」。その栞には、折れ曲がった跡や、少し焼けたような色褪せが見られましたが、それが長い年月の証として、より一層価値を放っているように見えました。

また、遠く離れた友人から、旅行土産として送られてきた栞もありました。「この栞が届いた頃、私は仕事で大きな悩みを抱えていたんです。友人は私の状況を知らずに送ってくれたのですが、この栞を使いながら読んだ本に、心を軽くしてくれる言葉が書いてあったんです。栞を見るたびに、友人の優しさと、あの時乗り越えられた自分を思い出します」。栞は、単なる物のやり取りを超え、心の支え、そして過去の自分と現在の自分を繋ぐ架け橋となっているようでした。

もちろん、すべてが順風満帆だったわけではありません。大切にしていた栞を、誤って破いてしまったり、どこかに紛失してしまったりしたこともあったそうです。「あの時は本当に落ち込みました。ただの紙切れと思う人もいるでしょうが、私にとっては失ってはいけない思い出の一部でしたから」。幸い、紛失したものは後で見つかったそうですが、その経験を経て、栞の一つ一つをより大切に扱うようになったと話されました。

栞が教えてくれる、人生の余白

佐藤さんにとって、栞の収集は単なる趣味を超え、人生の伴侶のような存在になっていると言います。「一枚の栞には、その本との出会い、読んだ場所、その時の天気、一緒にいた人のことなど、たくさんの記憶が詰まっています。それは、自分の人生という本の中に、静かに、でも確かに刻まれた余白のようなものです」

栞を整理したり、新しい栞との出会いを求めたりする時間は、佐藤さんにとって自分自身と向き合う静かな時間です。栞を通して過去の自分を振り返り、今の自分を見つめる。そして、これから読むであろう本に挟む新しい栞に、未来への静かな期待を込める。

「これからも、慌ただしい日常の中に、この小さな栞たちがくれる静かな時間と、たくさんの思い出を大切にしていきたいですね」と、佐藤さんは穏やかな笑顔で語ってくださいました。栞一枚一枚が紡ぐ物語は、佐藤さんの人生という大きな物語に、静かに、しかし鮮やかな彩りを添え続けているのです。