私と推しグッズ物語

一台のミニカーが呼び覚ます、あの頃の私

Tags: ミニカー, 収集, 思い出, 子供時代, 趣味

小さな車体に宿る、過ぎ去りし日の光景

「これは、私が初めて自分で買ったミニカーなんです」

そう言って、棚に飾られた無数のミニカーの中から、一台の小さな赤いスポーツカーを手に取られたのは、ミニカー収集家の田中健一さん(仮名、60代)です。艶やかな塗装も、シャープな流線型のボディも、五十年の歳月を感じさせない輝きを放っています。しかし、その小さな車体以上に、田中さんの眼差しが深く、遠い過去を見つめているように感じられました。

田中さんのミニカー収集は、単なる物の収集とは一線を画しています。一つ一つのミニカーには、田中さん自身の人生の断片が宿っているかのようでした。

きっかけは、デパートの屋上から

田中さんがミニカーに魅せられたのは、物心ついた頃のことだといいます。まだ幼稚園にも上がる前、両親に連れられて行った街のデパートの屋上遊園地。そこにあった売店に並んでいたのが、初めて目にしたミニカーでした。

「本当に、釘付けになりました。本物の車が、そのまま小さくなったみたいで。特に、真っ赤なあのスポーツカーは、子供心に『かっこいい!』って、衝撃だったんです」

当時、子供にとってミニカーは決して安価なものではありませんでした。両親におねだりしても、すぐに買ってもらえるわけではない。だからこそ、その一台に対する憧れは募るばかりだったそうです。

「ある日、お手伝いを頑張ったら、父が『好きなおもちゃを一つ買ってやる』と言ってくれたんです。迷わず、あの赤いスポーツカーを選びました」

家に帰ってからも、そのミニカーを肌身離さず持ち歩いたといいます。砂場で走らせたり、枕元に置いて眠ったり。それは単なるおもちゃではなく、田中さんにとって初めて手にした「自分の宝物」だったのです。

収集の深みと、苦労、そして喜び

本格的に収集を始めたのは、大人になってからでした。少年時代に一度手放してしまったミニカーを、偶然骨董市で見かけたのがきっかけでした。あの頃の強烈な記憶が蘇り、失われた時間を取り戻すかのように、ミニカーの世界へとのめり込んでいったといいます。

田中さんの収集は、特定の年代やメーカーに絞るのではなく、「自分が子供の頃に憧れた車」や「思い出深い車」を中心に集めるというスタイルです。だからこそ、一台一台に個人的な物語が宿るのでしょう。

「もちろん、手に入れるのに苦労したこともたくさんあります」

そう言って見せてくれたのは、窓枠がやや歪み、塗装にも小さな傷のある、一台のボンネットバスのミニカーでした。

「これは、私が小学校低学年の頃、遠足で乗ったバスなんです。ずっと探していたんですが、古い上にあまり数が残っていないようで、なかなか見つからなくて。ある時、地方の小さなおもちゃ屋さんの片隅にホコリをかぶっているのを見つけた時は、心臓が止まるかと思いましたね」

その時の喜びはひとしおだったそうです。多少の傷や経年劣化も、田中さんにとっては本物のバスがたどってきた時間の証のように感じられると言います。

また、収集を通じて、同じ趣味を持つ仲間との出会いもありました。ネットオークションや交換会を通じて知り合った人々との情報交換や交流は、収集活動に新たな彩りを加えています。単に物を集めるだけでなく、人との繋がりが生まれることも、この趣味の大きな魅力だと田中さんは語ります。

小さな車体が教えてくれた、人生の豊かさ

田中さんにとって、ミニカー収集は単なる趣味を超えた存在になっています。棚に並んだ色とりどりの小さな車たちを眺めていると、子供の頃の純粋な気持ちや、家族と過ごした穏やかな時間、そして自分が歩んできた道のりが鮮やかに蘇るそうです。

「若い頃は仕事に追われ、目の前のことに必死でした。でも、このミニカーたちを眺めていると、あの頃の自分が何を夢見ていたのか、どんなことに心ときめかせていたのかを思い出すんです」

それは、忘れかけていた自分自身の心の声に耳を傾ける時間なのかもしれません。ミニカーは、田中さんにとって過去へのタイムマシンのような役割を果たしているといえます。

「一つ一つのミニカーが、私にとっての小さな物語なんです。これからも、ゆっくりと、自分の物語を紡ぐミニカーたちを集めていけたら嬉しいですね」

そう語る田中さんの表情は、子供の頃のように輝いていました。小さな車体に詰まった大きな思い出は、これからも田中さんの人生を豊かに彩っていくことでしょう。