私と推しグッズ物語

土の匂いがする郷土玩具が語る、故郷の記憶

Tags: 郷土玩具, 収集, 故郷, 思い出, 伝統工芸, 人生

掌の中の小さな故郷

素朴な土の匂いがする、掌サイズの小さな人形や動物たち。それらは、日本の各地で古くから作られてきた郷土玩具です。華やかさはありませんが、どこか温かく、見ていると心が安らぐような魅力があります。今回は、そんな郷土玩具の収集に長年情熱を注いでこられた、都内にお住まいの田中さん(仮名、70代)にお話を伺いました。田中さんの部屋の一角は、全国から集められた色とりどりの郷土玩具で賑わっており、まるで小さな博物館のようでした。

故郷を離れて見つけた温もり

田中さんが郷土玩具の収集を始められたのは、今から約40年前のことだそうです。若い頃に故郷である東北を離れ、東京で暮らし始めた田中さんは、仕事に追われる日々の中で、ふと心にぽっかりと穴が開いたような寂しさを感じることがあったと言います。そんなある日、古物市で偶然目にしたのが、子供の頃に遊んだ記憶の片隅にあったような、故郷の郷土玩具でした。それは決して立派なものではなく、少し色が剥がれかかった素朴な木の人形でしたが、手に取った瞬間に、幼い頃の記憶や、故郷の風景、家族の温かさが鮮やかに蘇ってきたのだそうです。

「あの時の感動は忘れられませんね。ただの古い玩具だと思っていたものに、自分の根っこというか、失くしちゃいけないものが詰まっているような気がしたんです」と、田中さんは当時を振り返ります。その出会いをきっかけに、田中さんの郷土玩具収集が始まりました。最初は故郷の玩具だけを集めていましたが、次第に他の地域の郷土玩具にも興味を持つようになったと言います。それぞれの地域に根ざした文化や歴史、そしてそれを作る人々の暮らしが、素朴な玩具の中に息づいていることを感じ始めたからです。

探し求める旅、人との出会い

収集を始めてからの田中さんは、休日になると全国各地のアンテナショップや骨董市、時にはその玩具が作られている現地まで足を運ぶようになりました。特に思い出深いのは、九州地方の小さな村を訪ねた時のことだそうです。その村には、非常に珍しい土人形を作る工房があると聞きつけ、どうしてもその目で見てみたいと思ったのです。

「地図を頼りに、電車とバスを乗り継いで、ようやく辿り着きました。山間の本当に小さな集落で、着いた頃にはもう夕方でしたね」と田中さんは話します。工房のおじいさんは突然の訪問にも関わらず、快く迎えてくれ、土をこねるところから一つ一つ手作業で色を塗っていく様子を丁寧に見せてくれたそうです。「機械なんてほとんど使わないんですよ。全部手仕事で、一体一体に魂を込めているように見えました。作品に対する愛情が伝わってきて、本当に感動しましたね」

そうした旅の中では、思わぬ苦労もあったと言います。探している玩具の情報が少なく、現地の骨董品店を何軒も回っても見つからなかったり、苦労して手に入れたものが複製だったと後で分かったりしたこともあったそうです。また、繊細な郷土玩具は持ち運びにも気を遣い、割れてしまわないかといつもひやひやしていたと言います。「でも、それも含めて収集の醍醐味でしたね。簡単に手に入らないからこそ、手にした時の喜びもひとしおなんです」

玩具が繋ぐ、過去と今、そして未来

田中さんにとって、郷土玩具は単なるコレクションではありません。それは、故郷との繋がりであり、失われつつある伝統文化への敬意であり、そして、作品に込められた作り手の魂との対話なのだと言います。一つ一つの玩具には、それを生み出した土地の風土や人々の願い、歴史が詰まっています。それらに触れることで、田中さんは自身のルーツを再確認し、日本という国の多様性や奥深さを改めて感じることができるそうです。

また、収集を通じて、他の郷土玩具愛好家や、実際に玩具を作っている職人さんと交流する機会も増えました。「同じ趣味を持つ仲間と話すのは楽しいですし、職人さんから聞く制作の裏話はとても勉強になります。私が集めた玩具をきっかけに、若い人が郷土玩具に興味を持ってくれると嬉しいですね」と、穏やかな笑顔で語ります。

田中さんの部屋に並ぶ郷土玩具たちは、それぞれが小さな物語を宿しているように見えました。それは、かつて子供たちの遊び相手だったかもしれないし、家族を見守る飾りだったかもしれません。それら一つ一つに、過ぎ去った時間や人々の営みが閉じ込められています。

掌の上の温かい存在

収集を始めてから長い年月が経ちましたが、田中さんの郷土玩具に対する愛情は少しも変わっていません。「新しい玩具との出会いはもちろん嬉しいですが、今持っている一つ一つを大切にしたいという気持ちが強いですね」と田中さんは言います。

郷土玩具は、大量生産されるものとは違い、作り手の温もりや、その土地の匂いが感じられます。田中さんにとって、それは忙しい日常の中で立ち止まり、自分自身の内面と向き合うための大切な存在なのだと感じました。掌の上の小さな郷土玩具は、これからも田中さんの人生に温かい彩りを与え続けてくれることでしょう。