一枚のお菓子の包み紙に包まれた、人生の小さな幸せ
日常の中に隠された、甘く懐かしい宝物
私たちの周りには、特別なものではないけれど、その時々の記憶と深く結びついた品々が存在します。今回お話を伺ったのは、長年にわたりお菓子の包み紙を集めていらっしゃる佐藤さんです。色とりどりの、あるいはかつて目に馴染みがあった懐かしいデザインの包み紙を大切に保管されている佐藤さんの物語は、日常の中にある小さな幸せや、過ぎ去った時間への温かい眼差しを私たちに教えてくれます。
始まりは母が残した小さなかけら
佐藤さんがお菓子の包み紙を集め始めたのは、特別に何かを目指したわけではなかったと言います。幼い頃、お茶の間にいつもあったお菓子の包み紙。母が時々、少しだけ残ったお菓子の包み紙を丁寧にたたんで引き出しに入れているのを目にしていました。それは高価な包装紙ではなく、スーパーで手に入るような、ごく普通のお菓子の包み紙でした。ある日、その引き出しの中を偶然見つけた時、幼い心に鮮烈な印象が残ったそうです。使い終わって捨てるはずのものが、何故か大切にしまわれている。そこに、母のささやかな暮らしぶりや、物を大切にする気持ちが宿っているように感じられたと言います。
それが収集の直接のきっかけになったわけではありませんが、心のどこかにその光景が残っていたのでしょう。大人になり、自分自身で買い物をするようになった頃、ふと手に取ったお菓子の包み紙のデザインに惹かれたり、食べ終えた後も捨てるのが惜しく感じたりすることが増えました。最初は数枚を栞のように挟んでいただけだったものが、次第に増えていき、いつしか「集める」という行為になっていったのです。
一枚一枚に綴られた、日々の暮らしの断片
佐藤さんが集められているのは、限定品や稀少なものではありません。むしろ、スーパーやコンビニで誰もが手にしたことがあるような、日常のお菓子の包み紙が中心です。チョコレートの銀紙、クッキーの個包装、飴玉を包むセロハン、キャラメルの箱の紙など、その種類は多岐にわたります。
「特別なものではないからこそ、それぞれの包み紙を見ていると、その時自分が何をしていたか、誰と一緒にいたか、どんな気持ちだったかがありありと蘇ってくるのです」と佐藤さんは語ります。例えば、旅行先で買ったお土産の包み紙を見れば、旅の情景が目に浮かびます。子供が小さかった頃に好きだったお菓子の包み紙を見れば、子育てに追われたけれど温かかった日々が思い出されます。季節限定のデザインの包み紙は、その年の春や夏、冬の出来事と結びついています。
一枚の包み紙は単なる紙片ですが、そこにはそのお菓子を選んだ時間、食べた場所、そして何よりも、それを食べた時の自分や周りの人々の感情や状況が染み込んでいるかのようです。佐藤さんにとって、包み紙は単なる収集品ではなく、人生の断片を記録した小さなタイムカプセルなのです。
収集を通して見つけた、見過ごしがちな価値
お菓子の包み紙を集めるという趣味は、時として周囲から奇異な目で見られることもあったと言います。「そんなもの、どうするの」と聞かれたり、理解されなかったりすることもありました。しかし、佐藤さんは気になりませんでした。なぜなら、ご自身にとって、一枚の包み紙が持つ価値は、他人には測れないほど大きなものだったからです。
収集を続けていく中で、佐藤さんは一つの大切なことに気づいたと言います。それは、私たちの日常がいかに多くの小さな幸せや美しいものに満ちているか、ということです。特別な日だけではなく、何気ない毎日の中にも、デザインに心を惹かれる瞬間や、誰かと共に味わう喜びがある。そして、そうした一つ一つの積み重ねが、私たちの人生を彩っているのです。お菓子の包み紙は、そのことを佐藤さんに静かに語りかけてくれる存在なのです。
もちろん、紙である包み紙の保管には気を遣いますし、数が増えれば場所も取ります。しかし、それらを整理し、時折眺める時間は、佐藤さんにとって心を落ち着かせ、過去の自分と向き合う大切なひとときとなっています。
これからも日常の中に輝きを見つけて
現在も佐藤さんは、新たな包み紙との出会いを楽しまれています。流行のお菓子から昔ながらのお菓子まで、興味を惹かれるものがあれば手にとってみるそうです。そして、食べ終えた後に残る小さな紙片を、また一つ、大切なコレクションに加えます。
佐藤さんの収集は、派手なものではありません。しかし、その静かで温かい活動からは、人生の豊かさとは、特別な出来事だけではなく、見過ごしてしまいがちな日常の中にこそ隠されているのだというメッセージが伝わってきます。一枚のお菓子の包み紙に包まれた、佐藤さんの人生の小さな幸せ。それは、私たち自身の日常を見つめ直すきっかけを与えてくれる物語です。