私と推しグッズ物語

古い時計が刻む、過ぎ去りし日々の物語

Tags: 収集家, 古い時計, エピソード, 人生, 物語

古い時計に魅せられて

時間を刻む道具である時計は、常に私たちのそばにあります。腕の上で、壁で、あるいはポケットの中で、止まることなく時を告げてくれます。しかし、古い時計となると、単なる機能を超え、それぞれが独自の物語を宿しているように感じられることがあります。かつての持ち主の人生、その時計が時を刻んだ時代の空気。そうした見えない歴史に魅せられ、古い時計を収集されている方がいらっしゃいます。今回は、長年古い時計と向き合ってこられた田中さん(仮名)にお話を伺いました。

田中さんが古い時計の収集を始められたのは、今から遡ること約20年前のことだそうです。それまで時計に特別な興味があったわけではなかったそうですが、ある出来事が彼の人生の針を古い時計へと向けさせました。それは、若い頃に実家を出る際に、あまり顧みずに置いてきてしまった祖父の懐中時計のことでした。後に実家に戻った時には、もうその時計はどこにも見当たりませんでした。深い後悔の念が、田中さんの心に刻まれたのです。

再び巡り合った「時間」

祖父の時計を失った後悔から、田中さんは古い時計に意識を向けるようになりました。そして、ある休日、偶然立ち寄った地元の骨董市で、一つのかすれた懐中時計を見つけます。それは錆びつき、ガラスも曇っていましたが、なぜか強く惹きつけられたと言います。値段交渉の末に手に入れたその時計こそが、田中さんの収集家としての第一歩となったのです。

しかし、手に入れた時計は残念ながら動きませんでした。田中さんは、その懐中時計を修理したいと強く思うようになります。まずは自分で修理してみようと、小さな工具と専門書を手に入れました。しかし、精密な機械である時計の内部は想像以上に複雑で、小さな部品をなくしてしまったり、組み直せなくなったりと、失敗の連続でした。

諦めかけた時、田中さんは地域のベテラン時計師に教えを請うことを決意します。最初は門前払いだったそうですが、田中さんの熱意に根負けしたのか、少しずつ分解や清掃の基本を教えてもらえるようになりました。師匠のもとで学び、自宅で練習する日々。そして、ついに初めて手に入れたあの懐中時計が、再び時を刻み始めたのです。

「カチ、カチ、カチ…」。その音が響いた時、田中さんは全身に電気が走ったような感動を覚えたと言います。それは単に機械が動いた音ではなく、止まっていた時間が再び流れ始めた音、そして、かつて祖父が聞いていたかもしれない音のように感じられたそうです。埃をかぶっていた古い時計が、まるで新しい生命を得たかのように感じられた、と彼は語ります。

時計が語る人生の物語

この成功体験が、田中さんをさらに古い時計の世界へと引き込みました。骨董市やアンティークショップ、時にはインターネットを通じて、様々な時代の、様々な国の古い時計を手に入れるようになりました。懐中時計、腕時計、置時計、柱時計…。それぞれの時計には、デザインや機構の違いだけでなく、持ち主の人生や時代背景が宿っているように感じられるそうです。

例えば、戦時中に兵士が使っていたとされる頑丈な軍用時計。あるいは、ある家族が長年大切に使ってきた柱時計。それぞれの時計が、どのような場所で、どのような人々と共に時間を過ごしてきたのか。田中さんは、手に入れた時計を眺め、その物語に思いを馳せる時間を何よりも大切にしています。

収集活動は、田中さんの人生観にも大きな影響を与えました。古い時計は、たとえ一時的に止まってしまっても、手入れをすれば再び動き出す可能性があります。それはまるで、人生における困難や停滞も、向き合い、手をかけることで再び歩み出すことができる、ということを教えてくれるかのようだと彼は言います。また、限りある時間を大切に生きることの尊さも、古い時計たちは静かに語りかけてくるのだと感じているそうです。

時を刻み続けるということ

現在、田中さんのコレクションは数十点に及びますが、彼は数を増やすことよりも、それぞれの時計を大切に手入れし、動かし続けることに喜びを感じています。定期的にゼンマイを巻き、時刻を合わせ、埃を拭う。そうした時間は、時計と向き合う時間であると同時に、自分自身のこれまでの人生を振り返り、これからを考える大切な時間になっているそうです。

「古い時計の針が刻む音を聞いていると、不思議と心が落ち着きます。それは、私自身の人生の歩みを確認する音のように聞こえるのです。」

そう語る田中さんの眼差しは、穏やかで満ち足りているように見えました。古い時計の収集は、彼にとって単なる趣味を超え、人生そのものと深く繋がっている営みなのかもしれません。これからも、それぞれの時計が持つ時間を刻みながら、新たな物語を紡いでいくことでしょう。