私と推しグッズ物語

古い応援グッズが語る、プロ野球ファン人生の軌跡

Tags: 収集, 応援グッズ, プロ野球, 人生, 物語

半世紀を応援に捧げた収集家、田中さんの物語

私たち「私と推しグッズ物語」編集部は、様々な収集家の情熱や人生に触れる記事をお届けしています。今回お話を伺ったのは、田中さん(仮名)、七十代の男性です。田中さんは、特定のプロ野球チームの応援グッズを、半世紀以上にわたり集め続けていらっしゃいます。

「応援グッズといっても、綺麗なものばかりじゃないですよ。色褪せたタオル、折れ曲がったメガホン、擦り切れたユニフォーム。でも、私にとってはどれも宝物なんです」

穏やかな口調でそう語る田中さんの周りには、年代物の応援バットや、今はもう見かけなくなった選手の背番号が入ったユニフォームなどが、大切に飾られていました。それらは単なるモノではなく、田中さんの人生の様々な場面を彩ってきた証のように感じられます。

一枚のユニフォームから始まった、終わりのない旅

田中さんが応援グッズを集め始めたのは、昭和の時代、まだ小学生だった頃に遡ります。テレビで見たプロ野球中継に心を奪われ、特にひいきのチームができました。初めて買ってもらったのは、そのチームの子供用ユニフォームだったそうです。

「当時のユニフォームは、今のように洗練されたデザインではなく、生地もごわごわしていました。でも、それを着て近所の広場で友達と野球ごっこをするのが、何よりの楽しみだったんです。まるで自分も選手になったような、そんな気持ちでした」

そのユニフォームは、サイズが合わなくなっても捨てられず、今も大切に保管されています。それは、田中さんにとっての「応援」という旅の始まりを告げる、記念すべき最初のグッズだったからです。

やがて、田中さんは球場に足を運ぶようになり、メガホンやタオル、選手の下敷きなど、少しずつ応援グッズを買い求め始めました。学生時代はアルバイト代を貯めて、レプリカユニフォームを手に入れ、それを着てスタンドで声援を送りました。

「試合の日だけは、普段の自分とは違う、何かに夢中になれる特別な人間になれた気がしました。スタンドの一体感の中で、大きな声を出して応援する。それが、日々の学業や人間関係で抱えていたストレスを忘れさせてくれたんです」

苦労と喜びが染み込んだ「宝物」たち

田中さんの収集活動には、様々なエピソードがあります。ある年の限定ユニフォームを手に入れるために、徹夜で球場に並んだこと。遠征先の球場まで足を運び、その地域限定のグッズを探し求めたこと。時には、入手困難な古いグッズを求めて、全国の古道具店やフリマアプリを探し回ることもあったそうです。

「インターネットが普及する前は、情報も少なくて大変でした。でも、苦労して手に入れたものほど、愛着が湧くものです。探し求めていたグッズを見つけた時の喜びは、何物にも代えがたいですね」

特に印象深いのは、ひいきのチームが長年の低迷を乗り越え、リーグ優勝を果たした時のことです。その時、スタンドで掲げていたタオルには、歓喜の涙と、降り注いだビール(祝勝会のビールかけを模したもの)が染み込んでいたそうです。

「あのタオルを見るたびに、あの日の興奮と感動が鮮明に蘇ります。一緒に応援していた仲間たちの顔、選手の笑顔、スタンドの熱狂。全部が詰まっているんです。だから、汚れも、シワも、私にとっては大切な記憶の一部なんです」

応援グッズは、田中さんにとって単なるコレクション以上の意味を持っています。それは、若い頃の情熱、友人たちとの絆、家族と球場に行った思い出、そして、人生の喜びや悲しみを分かち合った時間そのものを記録したタイムカプセルのようです。

応援がくれた、人生の彩り

応援活動は、田中さんの人生に多くの彩りを与えてくれました。仕事で壁にぶつかった時、体調を崩した時、あるいは大切な人を失った時も、プロ野球のシーズンが始まると、自然と心が奮い立ち、前を向く力が湧いてきたと言います。

「グラウンドで懸命にプレーする選手たちの姿を見ると、自分も頑張らなきゃ、と思えるんです。応援することで、自分自身も励まされてきた。応援グッズは、そんな私の人生の伴走者だったのかもしれません」

近年は、かつてのように毎試合球場に足を運ぶことは減りましたが、テレビやネットで試合を観戦し、手元にある古い応援グッズを眺めながら、声援を送るのが日課です。

「新しいグッズも良いですが、やはり古いものには特別な思い入れがあります。一つ一つのグッズに、あの時の試合の空気、一緒にいた人の声、自分の感情が焼き付いているんです。それは、お金を出しても買えない、私だけの宝物です」

これからも続く、人生という名の応援

田中さんの応援グッズは、これからも増えていくことでしょう。それは、チームへの変わらぬ愛と共に、田中さんの人生がこれからも続いていくことの証でもあります。

「私はこれからも、このチームを応援し続けます。そして、応援グッズを集めることも、きっとやめないでしょうね。だって、それは私自身の人生のアルバムのようなものですから」

応援グッズを通じて、自らの半生を語ってくださった田中さん。その優しい眼差しからは、モノに込められた深い愛情と、人生を共に歩んできた相棒への感謝の念が伝わってきました。収集という行為は、単にモノを集めることではなく、自らの人生の記憶や感情を慈しみ、未来へと繋いでいく営みなのかもしれません。私たちは、田中さんの物語に触れ、改めてそう感じたのでした。