古いガラス瓶に注がれた、人生という名の物語
静かに時を宿す存在
古いガラス瓶。かつて何かを中に満たし、人々の生活に寄り添っていた品々です。その役目を終え、空になった後も、形や色、表面の微細な気泡や歪みは、過ぎ去った時間を静かに物語っています。
今回お話を伺ったのは、長年にわたり様々な古いガラス瓶を収集されてきた、〇〇さんです。彼の穏やかな眼差しは、並べられた瓶の一つ一つに深い愛情を注いでいるように見えました。
収集の始まり、偶然の出会い
〇〇さんが古いガラス瓶の収集を始められたのは、今からもう三十年ほど前になります。きっかけは、たまたま立ち寄った古い道具を扱う店で、陽の光を浴びてきらめく小さな青いガラス瓶に目を奪われたことだったと言います。
「何が入っていたのか、どこで作られたのか、何も分からない瓶でした。でも、その鮮やかな青色と、手で触れた時の温かいような質感に、どうしようもなく惹きつけられたのです。まるで、遠い昔から自分に話しかけているような気がして。気づけば、その瓶を手に家路についていました」
それが始まりでした。それ以来、週末になると古い市や骨董店を巡り、インターネットオークションも活用しながら、少しずつガラス瓶を集めるようになったそうです。薬瓶、インク瓶、化粧品瓶、飲み物瓶、食料品瓶、中には用途すら判然としないユニークな形のものまで、彼のコレクションは実に多岐にわたります。
一つ一つの瓶に宿るエピソード
収集を続ける中で、忘れられない出会いやエピソードが数多く生まれたと、〇〇さんは語ります。
ある時、地方の小さな町の骨董市で、彼は見事なエンボス加工が施された、古い薬品会社のガラス瓶を見つけました。それは彼がずっと探していたものでしたが、店主はなかなか手放そうとしません。何度か足を運び、ガラス瓶への自身の思いや、その会社の歴史への敬意を丁寧に伝えたことで、ようやく譲ってもらうことができたそうです。
「ただ古いものを集めているのではなく、それぞれの瓶が辿ってきたであろう道のりや、それを使っていた人々の暮らしに思いを馳せるのが好きなのです。この薬品瓶一つにも、病を癒そうとした人々の願いや、それを届けた人の手があったはずです」
また、収集には苦労も伴います。埃をかぶり、内部がひどく汚れた瓶を、傷つけないように丁寧に手入れするのは根気のいる作業です。誤って貴重な瓶を割ってしまった時には、しばらく立ち直れないほど落ち込んだこともあったと、苦笑しながら話してくれました。しかし、そうした苦労も、一つ一つの瓶への愛着をより一層深める経験になったと言います。
ガラス瓶が映す、人生の深み
ガラス瓶の収集は、〇〇さんの人生観にも大きな影響を与えたそうです。
「最初は単に美しいもの、珍しいものを集めるという感覚でした。でも、触れているうちに、古いガラス瓶は『からっぽ』であることの豊かさを教えてくれるように感じ始めたのです。中に何も入っていないからこそ、光を通し、周囲の風景を映し込み、そして見る人の想像力を掻き立てる。そこに無限の可能性が詰まっているように思えるのです」
それは、自身の人生にも通じる感覚だったと言います。かつては何かで満たされていなければならない、何かを成し遂げなければならない、という焦りのようなものがあったそうです。しかし、様々なガラス瓶と向き合う中で、「空っぽ」であることの静かな充足感、満たされていなくても光を取り込み、周りを映し出すことができるという、あるがままの自分を受け入れる心境へと変化していったのです。
また、一つ一つの瓶が異なる時代、異なる場所から集まっているように、自身の人生もまた、様々な出来事や人々との出会いによって形作られていることを改めて感じさせられたと言います。
静かな輝きを求めて
現在も、〇〇さんのガラス瓶収集は続いています。以前のように頻繁に探し回ることは減りましたが、新たな出会いは常に心待ちにしているそうです。
「ガラス瓶は、光を浴びることで本当に様々な表情を見せてくれます。朝の光、午後の光、夕暮れの光。その時々で、瓶の色や透明感が変わるのを見ていると、心がとても落ち着くのです」
彼の集めたガラス瓶は、単なる古い物置ではなく、彼の人生の歩みや内面の変化を映し出す、静かで美しいオブジェのようです。一つ一つの瓶に宿る物語は、彼の人生という大きな物語の一部となり、穏やかな輝きを放っています。古いガラス瓶に注がれたのは、確かに、彼自身の人生だったのかもしれません。