古いビンに封じられた、人生の記憶
古いビンが語りかけるもの
私たちの身の回りには、様々なモノがあります。新しいモノもあれば、遠い昔から時を経てきたモノもあります。一見、ただの古いガラクタに見えるようなモノでも、それを大切に集めている方々がいます。そこに、一体どのような魅力を見出しているのでしょうか。
今回は、古いビンを収集されている田中さんにお話を伺いました。田中さんのコレクションは、戦前や戦後まもない頃に使われていた薬ビン、飲み物、化粧品、インクなどのビンが中心です。棚に並べられた色とりどりのビンは、光を透かして静かに輝いていました。
一本のビンとの出会い
田中さんが古いビンを集め始めたのは、今から十数年前のことでした。実家の蔵を片付けていた際に、奥の方から埃まみれになった小さなビンが出てきたのがきっかけだったと言います。それは、幼い頃に祖母が使っていた薬ビンのようでした。
「そのビンを手に取った時、ふっと祖母の家の匂いや、優しく頭を撫でてくれた感触が蘇ってきたのです。小さなガラスの塊なのに、まるで過去の記憶が封じ込められているかのように感じられて、不思議な気持ちになりました」と田中さんは語ります。
それから、田中さんは骨董市や古道具店を巡るようになりました。最初はただ珍しいと感じた古いビンも、一つ一つにそれぞれの物語があることに気づいたのです。ラベルがそのまま残っているビンからは、当時の商品の名前やデザイン、使われていた人の暮らしぶりが想像できます。表面に細かな気泡が入っていたり、少し歪んでいたりする手吹きのビンからは、人の手仕事の温もりや、大量生産される前の時代の雰囲気が伝わってきます。
ビンに宿る、見えない物語
田中さんが特に心を惹かれるのは、名前も分からない誰かが確かに使っていた痕跡が感じられるビンだそうです。
「例えば、インクが入っていたと思われる小さなビン。きっと、このビンからインクを汲み取って、大切な手紙や日記が書かれたのだろう、と想像するのです。どんな内容だったのだろう。誰に宛てたものだろう。そんな風に、ビンを通してその時代の暮らしや、そこで生きた人々の営みに思いを馳せるのが、たまらなく楽しい時間なのです」
中には、長い年月を経て土の中に埋もれていたと思われる、表面がザラザラになったビンもあります。そうしたビンを丁寧に洗い、再び陽の光に当てる時、まるで長い眠りから目覚めさせたような、特別な感覚があると言います。
もちろん、収集には苦労もあります。欲しいビンになかなか出会えなかったり、手入れが難しかったり。また、古いビンは意外と場所を取るため、コレクションが増えるにつれて収納に頭を悩ませることも少なくないそうです。それでも、新しい「物語」との出会いを求めて、田中さんの足は様々な場所へと向かいます。
収集が教えてくれたこと
田中さんにとって、古いビン収集は単なる趣味を超えたものになっているようです。それは、過去と対話し、今を生きる自分を見つめ直す静かな時間を与えてくれると言います。
「古いビンを見ていると、私たちは決して一人で生きているのではなく、過去から未来へと続く大きな流れの中にいるのだと感じます。そして、どんなに小さなモノにも、それを生み出し、使い、大切にした人の思いが宿っている。そう思うと、目の前の日常や、身近なモノに対しても、以前より愛情を持って接することができるようになった気がします」
古いビン一つ一つが、かつて誰かの日常を彩り、様々な出来事を見守ってきた証人。田中さんの手によって再び光を当てられたビンたちは、これからも静かに、私たちに過ぎ去りし時代の物語や、そこに生きた人々の温もりを語り続けてくれることでしょう。