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一枚の掛け紙が綴る、人生の旅の物語

Tags: 駅弁, 掛け紙, 旅, 収集家, エピソード

駅弁の掛け紙に人生を映す

旅の記憶は何に宿るでしょうか。風景、香り、そして、その土地で味わった食の記憶かもしれません。特に日本の旅において、駅弁は特別な存在です。そして、その駅弁を包む「掛け紙」にもまた、深い物語が込められています。今回お話を伺ったのは、長年にわたり駅弁の掛け紙を収集されている佐藤さん(仮名、70代)です。佐藤さんの穏やかな語り口からは、一枚の紙に託された旅への情熱と、そこから広がる人生の景色が静かに伝わってきました。

旅の始まり、掛け紙との出会い

佐藤さんが掛け紙の収集を始められたのは、少年時代に家族で汽車旅をした時のことだと言います。初めて食べた駅弁のおいしさと、その美しい掛け紙に描かれた風景や歴史の説明文に、幼心にも深い感銘を受けたそうです。それは単なる食事の包装紙ではなく、旅の目的地へと誘い、また旅の思い出を封じ込める宝物のように思えたと語ります。

「当時は今ほど気軽に旅ができる時代ではありませんでしたから、一度きりの旅の記憶を何かに残しておきたいという気持ちがあったのかもしれません」と佐藤さんは振り返ります。その日から、旅のたびに駅弁を買うたびに、佐藤さんは丁寧に掛け紙を剥がし、持ち帰るようになりました。最初は押し花のように平らにして保管していたそうですが、次第にそのデザインや歴史的背景に惹かれ、本格的な収集へと繋がっていったとのことです。

掛け紙が語る、思い出と歴史

佐藤さんのコレクションを見せていただくと、そこには様々な時代の、様々な地域の掛け紙が収められていました。手書き風の温かみのある絵柄、力強い筆文字、モダンなデザイン、特急列車のイラストが描かれたものなど、眺めているだけで日本の鉄道や旅の歴史を辿っているような気持ちになります。

特に印象的だったのは、数十年前の掛け紙に描かれた、今はもう廃線となったローカル線の駅舎や、当時の名産品のイラストでした。佐藤さんは、それぞれの掛け紙にまつわるエピソードを語ってくださいました。

「この掛け紙は、息子がまだ小さかった頃に家族旅行で訪れた時のものです。駅弁を広げた時の子供たちの嬉しそうな顔が目に浮かびます」

「こちらの古いものは、どうしても手に入れたくて、その地域の小さな駅まで足を運び、駅員さんに無理を言って譲っていただいた一枚です。その時の駅員さんの温かい言葉も忘れられません」

一枚一枚の掛け紙には、単なる旅の記録以上のものが宿っています。それは、佐藤さんの個人的な思い出であり、その時代、その地域の文化や風景であり、そして掛け紙を通して出会った人々の記憶でもありました。収集は、単に物を集める行為ではなく、過去の自分や、遠い土地の物語と向き合う時間だったのです。

もちろん、収集には苦労も伴います。駅弁は生物ですから、きれいに掛け紙を剥がすには工夫が必要です。また、目的の掛け紙がすでに販売されていなかったり、情報が少なかったりすることもあると言います。しかし、そうした困難を乗り越えて手に入れた一枚は、格別の喜びをもたらしてくれると佐藤さんは目を細めます。

人生という名の旅路とともに

駅弁の掛け紙収集は、佐藤さんの人生に豊かな彩りを添えてきました。収集を通じて地理や歴史への関心が一層深まり、旅の目的が一つ増えました。また、同じ趣味を持つ人々との交流も生まれ、情報交換をしたり、一緒にイベントに参加したりすることもあるそうです。

「掛け紙を見ていると、あの時の旅の空気や、一緒にいた人の声まで思い出されるんです。一枚の紙なのに、私にとっては大切な宝物です」

佐藤さんのコレクションは、単なる紙の束ではありません。それは、佐藤さんが歩んできた人生という名の旅路の証であり、そこで出会った風景や人々、そして自分自身の記憶を留めておくための、愛おしいアルバムなのです。

旅は続く、掛け紙とともに

これからについて尋ねると、佐藤さんは「体が動くうちは、まだ見ぬ駅弁と掛け紙に出会う旅を続けたいですね」と穏やかに話されました。そして、いつか自分の集めた掛け紙が、誰かに旅の楽しさや、日本の食文化、地域の魅力を伝えるきっかけになれば嬉しい、とも付け加えられました。

一枚の掛け紙から始まった佐藤さんの物語は、今も静かに、しかし確かに続いています。旅を愛し、人生を慈しむその姿勢は、私たちに多くの示唆を与えてくれるのではないでしょうか。駅弁の掛け紙は、これからも佐藤さんの人生という名の旅に寄り添い、新たな物語を紡いでいくことでしょう。