私と推しグッズ物語

駄菓子屋くじの景品が呼び覚ます、あの頃の私と小さな夢

Tags: 駄菓子屋, くじ景品, 昭和レトロ, 子供時代, 収集家

小さな景品に宿る、遠い日の輝き

私たちは皆、心の中に「あの頃」の風景を持っています。それは特別な出来事の日々であったり、何でもない日常の一コマであったりするでしょう。今回お話を伺った田中さん(仮名、60代)にとって、「あの頃」を鮮やかに映し出すのは、駄菓子屋のくじ引きで手に入れた、様々な小さな景品たちです。

田中さんの収集対象は、決して高価な美術品や希少な骨董品ではありません。それは、かつて町の片隅にあった駄菓子屋で、わずか数円のくじを引いて手に入れた、プラスチックのおもちゃや、小さなキャラクターグッズ、変わった形の消しゴムや、紙製の組み立て玩具などです。大人から見れば取るに足らないものかもしれませんが、田中さんはこれらの「小さな宝物」に深い愛着を抱き、一つ一つを大切に保管されています。

くじを引く指先に宿った、子供の夢

田中さんが景品の収集に目覚めたのは、定年退職を機に、実家を整理していた時のことでした。古い段ボール箱の奥から、子供の頃に集めていた駄菓子屋のくじの景品が、埃をかぶって現れたのです。色褪せたプラスチックのおもちゃ、少し歪んだ組み立て式の飛行機、使いかけのユニークな形の消しゴム。それらを手に取った瞬間、田中さんの脳裏に、遠い子供時代の記憶が鮮やかに蘇りました。

「あの頃は、小遣いを握りしめて駄菓子屋に通うのが何よりの楽しみでした」と田中さんは振り返ります。「特に好きだったのが、くじ引きです。何が当たるか分からないドキドキ感。一番いい景品が当たることを想像して、胸を膨らませていました」。

当時の駄菓子屋のくじ引きには、様々な種類がありました。一つは、箱の中に並んだ番号の書かれた紙を引くタイプ。もう一つは、ひもを引いて景品につながっていれば当たりというタイプです。どちらも、子供にとっては真剣勝負でした。わずか数円のくじでしたが、そこには大きな夢が詰まっていたのです。

「どうしても欲しかったロボットの景品があって、毎日少しずつお金を貯めては挑戦しました。何回引いても当たらなくて、悔しくて涙が出たこともありました」と田中さんは笑います。「でも、諦めずに続けていたら、ある日、ついに一番上の景品が当たったんです。あの時の喜びは、今でも忘れられません。両手で景品を抱きしめて、スキップしながら家に帰ったのを覚えています」。

箱の中から出てきた景品の中には、まさにあのロボットの景品もありました。少し傷ついてはいましたが、田中さんにとってはかけがえのない思い出の品です。

小さなプラスチックが語る、時代の移ろい

大人になってからの収集活動は、子供の頃とは少し違った意味合いを持つようになりました。かつては手に入れること自体が目的でしたが、今は、失われてしまった時代の欠片を探す作業に近いと言います。

インターネットオークションや、昭和レトロを扱う骨董市などを訪れるようになりました。探しているのは、自分が子供の頃に見た景品たちです。「あ、これ見たことある」「友達が持っていたやつだ」といった再会は、胸を熱くさせます。

集めるほどに、当時の景品がいかに工夫されて作られていたかに気づかされます。限られた予算の中で、子供たちの心を掴むデザインや仕掛け。それは、高度経済成長期に向けて活気があった時代の、大人の知恵と遊び心が形になったかのようです。

「単なるおもちゃですが、これらを見ていると、当時の子供たちがどんなものに興味を持ち、どんな遊びをしていたのかが伝わってきます。テレビやゲームが普及する前の、身近な小さな世界。景品一つ一つが、あの頃の日本の姿を映し出しているように思えるのです」と田中さんは語ります。

収集を通じて、田中さんは同じように駄菓子屋の景品に魅せられた人たちとも交流を持つようになりました。インターネット上のコミュニティや、レトロ玩具のイベントなどで出会う人々との会話は、共通の思い出話で尽きることがありません。それぞれの景品にまつわるエピソードを聞くのは、田中さんにとって大きな楽しみとなっています。

景品が教えてくれた、人生の価値

駄菓子屋のくじの景品を集めることは、田中さんにとって単なる趣味以上のものとなっています。それは、自身の子供時代と向き合い、当時の感情や夢を再確認する時間です。

あの頃、景品が当たった時の大きな喜び。外れた時の小さな悔しさ。友達と景品を見せ合った時の誇らしげな気持ち。欲しかった景品を手にできず、少し大人になったような諦めを覚えたこと。それらの小さな経験の積み重ねが、今の自分を形作っている一部であることに気づかされます。

「景品を見ていると、人生って、必ずしも大きな成功ばかりじゃないんだな、と改めて感じます。小さな当たりもあれば、残念な外れもある。でも、その一つ一つに、自分自身の感情や経験が宿っている。無駄なものなんて一つもないんですね」と田中さんは穏やかに語ります。

田中さんの部屋の一角には、プラスチックケースに綺麗に整理された景品の数々が並んでいます。それは、子供の頃の夢や、甘酸っぱい記憶、そして人生における小さな喜びと悔しさが詰まった、唯一無二の宝物庫です。

小さな輝きに満ちた、これからの日々

田中さんはこれからも、ゆっくりとではありますが、あの頃の景品たちを探し続けることでしょう。それは、コンプリートを目指すというよりは、失われた時代の欠片を拾い集め、自身の記憶を紡ぎ直す作業です。

駄菓子屋の小さな景品たちが呼び覚ますのは、無邪気だったあの頃の自分自身。そして、たとえ小さくとも、夢や希望を持って生きていたことの証です。これらの小さな宝物から得られる温かい気持ちが、田中さんの日々に静かな輝きを与えています。大きな物語だけでなく、こうした小さなものにも、人生の豊かなストーリーが宿っていることを、田中さんの収集は教えてくれます。