私と推しグッズ物語

小さな小物入れが映し出す、人生の片隅の輝き

Tags: 小物入れ, 収集, 思い出, 人生, エピソード

指先に宿る物語、小さな小物入れの宇宙

人の心を惹きつける収集品は様々ですが、中には驚くほどささやかでありながら、持ち主にとってかけがえのない物語を宿しているものがあります。今回お話を伺ったのは、都内近郊にお住まいの田中さん(仮名)、六十代。彼女が長年ひっそりと集めているのは、手のひらに収まるほどの小さな小物入れです。木製、陶器、ガラス、金属、布張りなど、素材も形も様々。指輪一つ、ボタン一つ、あるいは小さなメモ書き一つをしまうのがやっと、というような、その小さな存在に、田中さんはどのような思いを寄せているのでしょうか。

「特別に高価なものや、有名な作家さんの作品というわけではないんです」と田中さんは微笑みます。「でも、それぞれに手に入れた時のことや、中に何をしまっていたかの記憶が詰まっていて。私にとっては、一つ一つが小さな宝箱のようなものです」

集めるきっかけは、母からの贈り物

田中さんが小物入れを集め始めたのは、もう四十年以上前になります。きっかけは、若い頃に母から贈られた、花模様が描かれた小さな陶器の箱でした。当時はまだ収集という意識はなかったそうですが、その箱に、初めて付き合った方からもらった小さな指輪をそっとしまったのが始まりでした。

「その指輪は、今思えばたいしたものではなかったかもしれません。でも、当時の私にとっては、とても大切な、ちょっと秘密にしておきたい宝物だったんです。母にもらった箱にそれをしまうことで、その大切な気持ちごと守られているような気がしました」

その後、旅行先で立ち寄った雑貨店で見かけた可愛らしい小物入れや、友人からプレゼントされたもの、骨董市で見つけた古びた真鍮の小箱など、少しずつ数が増えていきました。意識して集め始めたわけではなく、ただ「いいな」と思ったものを手に取っていたら、いつの間にか二十個、三十個と増えていたと言います。

それぞれの箱が語る、ささやかな日々のエピソード

田中さんのコレクションを見せていただくと、一つ一つの小物入れにまつわる様々なエピソードが聞かれました。

学生時代に友人と初めて二人だけで旅行した際に、思い出にと買った木製の小物入れ。中には、その旅行で撮った写真のネガ(当時はまだフィルムカメラでした)や、現地の小さな神社の絵馬についていた鈴がしまわれていました。旅の楽しさ、少し背伸びした自分たちの冒険、そして未来への漠然とした期待が、その小さな箱の中に詰まっているかのようです。

また、結婚して初めての誕生日、夫から贈られたガラス製の小物入れには、当時夫がこっそり書いてくれた短い手紙の切れ端が入っていました。普段は言葉足らずな夫が、珍しく感謝の気持ちを綴ってくれた、今も読み返すたびに温かい気持ちになる大切なものです。

中には、少しほろ苦い思い出が詰まった箱もあります。仕事で大きな失敗をして落ち込んでいた時期に、自分を励ますためにと奮発して買った、デザイン性の高い金属製の箱。その中には、失敗から学んだこと、二度と同じ過ちを繰り返さないと誓った時の決意を書いた紙がしまわれていました。箱を開けるたびに、当時の辛い気持ちと、それを乗り越えた今の自分がいることを思い出すと言います。

小物入れが教えてくれた、日常の中の輝き

田中さんは、たくさんの小物入れに囲まれた今の生活について、このように語ってくださいました。

「一つ一つの小物入れは小さいけれど、私にとっては人生の節目や、心揺さぶられた出来事の目印のようなものです。ただ物をしまうためだけではなく、その時の感情や、忘れたくない大切な何かを『心ごとしまう』場所なのかもしれません」

小物入れが増えるにつれて、自然と部屋の整理整頓を意識するようになったそうです。大切なものをしまう場所があることで、他のものも大切に扱おうという気持ちが生まれたと言います。また、新しい小物入れを探す時には、お店の隅々までじっくりと見て回るようになり、これまで気づかなかったような小さなものにも目を向けられるようになったと話してくださいました。

「大量生産されたものもあれば、手作りの温かみがあるもの、遠い異国のデザインのものまで様々です。形も色も、本当に一つとして同じものはありません。それぞれの個性があるように、私たちの日々にも、小さなことだけれど心に残る輝きが必ずある。この小さな箱たちは、そんな当たり前のことに気づかせてくれるような気がしています」

これからも増え続ける、人生の宝物

田中さんの小物入れ収集は、これからも続いていくでしょう。一つ増えるたびに、また新たな物語が加わります。それは大きな出来事である必要はありません。美味しいお茶を淹れてほっと一息ついた時間、窓の外の雨を眺めながら考え事をしていた午後、大切な人と交わした何気ない会話。そうした日々のささやかな輝きが、小さな箱の中に大切に仕舞われていくのです。

それぞれの小さな小物入れは、派手さはありませんが、持ち主の人生の片隅で静かに輝きを放っています。田中さんのコレクションは、私たち一人一人の日常の中にも、見過ごしがちな大切な瞬間や感情が宿っていることを、優しく教えてくれるような気がしました。